素質論Lスタイル

2015年5月16日土曜日

松本城と常念岳

25年ぶりに松本に立寄り、松本城と常念岳が重なって見えることを初めて知りました。
北アリプス常念山脈から槍ヶ岳へ縦走したのも25年前のこと、それだけに感無量です。

常念岳は標高2857m、3000m級の山岳が並ぶ穂高連峰に比べると多少見劣りします。
しかし、その常念山脈から見る穂高連峰が素晴らしいのです。実際に見た人にしか分からない絶景です。

「松本からみる常念~常念からみる穂高」

重なり合うことで魅力的になり、自分の遠い記憶が輝きを増しているのですね
 


2015年5月15日金曜日

弥勒菩薩

弥勒菩薩半跏思惟像は、その姿だけでなく印相も独特です。右手の親指と薬指で円を描いているように見えます

この薬指の意味を聞いたのが、広隆寺に行きたくなった第一の理由でした。

この印相の薬指は十二支の未(ひつじ)を意味しているとのこと、これが真実かどうかは別にして右手の各部位には十二支が位置づけられていて、薬指の先が未であることは昔から知っていたことだったのです。

弥勒菩薩が、未来仏と呼ばれることは広く知られています。これを未の会に現れる仏と解釈するのです。会という単位はこのブロクの循環という記事で説明しているので、省略します。そして今まさに、午(うま)から未の会になろうとしているのだそうです。いわゆる弥勒の世です

私は、知識を得ることでモチベーションが上がる素質タイプですから、今回の仏像拝観は、とても味わい深いものとなりました

同じ日に拝観した、三十三間堂の1001を数える仏像一つ一つにも、深い意味が隠されているのかも知れません

2015年5月14日木曜日

広隆寺

広隆寺の弥勒菩薩を初めて拝観しました。霊宝殿には53もの仏像が並んでいて、その中央に弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)が安置されています。

外国人観光客で混雑する世界遺産と違い、広隆寺では静寂の中で仏像と向き合うことができました。

ずらりと並ぶ国宝級の仏像だけでなく本尊が聖徳太子、秦氏の氏寺、京都最古の寺院等々、魅力溢れる史跡の割りには観光客が少ないのです

それにしても他に類を見ない魅惑の仏像です。言葉にできません。

和歌山の慈尊院にも国宝の木造弥勒仏坐像があり、こちらは菩薩でなく如来。開扉は21年に一度とされていて、それが今年、5月21日まで
この左手が霊宝殿


2015年5月13日水曜日

純陽

寒さがあるから暑さを感じる。この実在世界では、「陽」だけでは存在できず、常に陰陽表裏一体です。

何故、表記する時に「陰」が先なのか?

陽から生じた陰から、その「陽」をみている状態を表しているのだそうです。この状態を「純陽」と言います。つまり我々は純陽の世界に生きているのです。

表裏一体の状況下、どちらに意識を向けるかが選択の自由であり、平等に与えられた能力なのだと感じます

2015年5月12日火曜日

再開

テーブルを囲み3人の男性相手に素質論を語っている時、別の男性が輪に入って来ました。人格者のi先生です。3人の中で最も関心が薄いと思われたKさんが唐突に「i先生は何タイプか当ててみて〜」

i先生のタイプは元々知っていたので、Kさんを驚かすために"当てる"か否か迷っていると「私のタイプは001-025-025」とi先生。こちらが驚いてしまいました。

素質論に通じていなければ、サードまで語る人はいません。日頃から、その博識ぶりには感心することしきり、まさか素質論まで・・・

「自分の知人のことを記述しているとしか思えない素質論のブロク記事をみかけたことがある」と先生

それから数日、それがこのブロクであることに気がついたしだいです

1年近く放置してた上に、Googleからは表示停止の扱いになっていました。完全に関心の輪から外れていたのです

ちなみに「タイプ369」という記事のモデルはi先生だったりするのです

ブロク表示停止の原因になっていたリンクも取り除いたことだし、これを機に再開しようと思います