素質論Lスタイル

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2016年7月3日日曜日

タロット

目の前の事象に対し、自身がどのように「感じた」かを認識するようにしています。
また、その事象を違った視点で再認識するようにもしています。

再認識するツールとしてタロットを使うこともあります。
伊泉龍一さんが提唱している「パースペクティブ(視点)」的な使い方です。

昨日、ワンカードで「カップの5」が出ました。このカードが正位置で出た場合は、「喪失・落胆」といった意味を持ちます。

視点として使う場合は、自身の背後にある残されたカップに目を向けます。「目に見えない何かに気がついていないのでは?」という視点で黙視します。

タロットでのカップ(聖杯)は、火、地、風、水、の4元素においては水(感情)になります。数字の「4」は□(安定・固定)を意味し、「5」は(変化・行動)を意味します。カップ5のイメージは、安定していた4に動きが加わり、水が溢れた状態です。

タロットは大アルカナ(22枚)小アルカナ(56枚)からなりますが、
4元素と0~9の意味を理解すれば、とても親しみやすいツールとなります。

素質論であれ、タロットであれ「直感」を磨くためのツールだと考えているしだいです。


2013年11月20日水曜日

直観力

長女の生年月日で素質タイプを算出すると100-012-555になりますが、生まれた時刻が23時37分なので、素質論では+1日加算しなければなりません

そうした場合の素質タイプは012-012-919

わずか37分の差で大きく違ったものになるのです。自分の子供だから時刻を知っているものの、日本人で時刻を知っている人は、3割程度と言われています。

生年月日を使う占術を「閉じた記号」と言う専門家がいます。このタイプの占術は、規則・法則に従って算出すれば初心者でも、ある程度の情報を得ることがメリットです。その反面、データそのものが間違っていた場合は見当違いもはなはだしい結果を摑むことになります

どんな占術であれ最終的には、経験・鍛錬・人間力といったものから生まれる「直観力」が必要です。占術はツールなのです。隠された自然のメッセージを解読できるのは「心」だと感じるのです

2013年6月15日土曜日

占いの分類

古代中国で帝王学として使われていた「五術」を参考に分類すると理解しやすくなります

一《命》 ・・・ 生年月日時つまり時間・空間に主眼をおき性格、運勢などを占う
         四柱推命・紫微斗数・宿曜経・ホロスコープ等

二《卜》 ・・・ 媒体物に主眼をおき事柄の是非を占う
         方位学・九星気学・奇門遁甲・断易・六壬神課・タロット等

三《相》 ・・・ 姿、形に主眼をおき占う
         手祖・人相・家相・墓相・印相・風水・姓名判断等

四《医》 ・・・ 身体で判断し病は自分で治すという思想
         漢方・鍼・お灸・霊的治療・アーユルヴェーダ等

五《山》 ・・・ 病気を防ぐ(未病)ための修練法、自然と同一化する思想
         気功・対極拳・呼吸法・マクロビオティック等

2013年6月10日月曜日

選択と解釈

占いの多くは、洋の東西を問わず、古代文明にその源を求めることができます

大自然や突発的アクシデントの脅威から身を守り、生きていくための本能的な生活の知恵として、有史以前の占いは生まれたのです
その誕生について正確な年月はわかりませんが何千年もの歴史と共に自然と人を結びつける秘法として伝承されてきたのは事実です

国を支配する一部の選ばれし人々が治める為の占術(戦術)として閉ざされた空間でのみ使っていた時代も長くありました
今世紀、インターネットに代表されるメディアの普及により占いは万人のものとなりつつありますがそれは玉石混淆の時代とも言えます

一般的な史実でさえ8割は事実とは別に書き換えられると言われまています
言論の自由が許される現代でさえ組織・個人の都合により簡単に歪められるのですから・・

「人生は選択の連続」と言われるように、心の洗濯をして正しい選択をしたいものです

全ては心の感じ方であり価値観によっても選択した結果は大きく違ってきます
目の前に起きている事実をどう解釈するのか、そしてどう反応するのか
その選択こそ我々人間に与えられた「自由」であり
解釈しだいで良くも悪くもなります

それは占いの解釈にも言えることだと思うのです


2013年6月2日日曜日

循環

誰も解明できていない疑問、
地球の自転・公転は規則正しく続いているのか?
占星術も四柱推命も止むことの無い「循環」を基としています。

一般には販売されていない「道学新論」という書があります。
その中の一文を転記します。

宇宙の法則(理)には定理があり、また数にも定数があります。
もしその理を推してその数を考えることができるならば、またその究境を証明することもできます。
そこで天を観察し、河(河図)洛(洛書)を現して、聖人が卦を画かれました。

数万年来の歴史の経験とまた目前の日月移転の現象より地質の寒暑の状態、その上、人事の変遷の分岐に至るまで自性を明らかにして悟り、深く研鑽してから転地の旋転流行する真理を明らかにすることができるのです。

史記と書経に記載されたのを見ると、天地が始まって終わるまでを一元、
一元は十二会に分け、一会は三十運に分け、一運は十二世に分け、一世は三十年に分け、
一年はまた十二月に分け、一月は三十日に分け、一日は十二時に分けるとあります。

時を積んで日をなし、日を重ねて月をなし、月を積んで年をなし、年を重ねて世をなしますがこれは十二万九千六百時で一世の周天(円満)となります。
十二万九千六百日は一運の円満、
十二万九千六百月は一会の円満
十二万九千六百年は一元の円満です。

天地は十二万九千六百年を経歴することにより一終始をなします。

宇宙は混沌から生まれ、また混沌に還りますが、その間常に昼夜を分けることなく循環して息みません。静より動じ、動より形をなし、形より著われ、著われては変じ、変じては分化し段々と気が円満となり、象が顕れ、日月星辰が天に綺麗に配列して無数の星雲となり星斗を運行しす。

その幾重にも及ぶ流れの中から生じたのが人です。
この自然の法則を何千年にも渡り学んだ聖人から生まれたものが
本来の『占』であると考えます。